絹(糸)の原料となる蚕の卵(蚕種)をとる建物で、浦臼村養蚕伝習所教師であった田村忠誠が、当時模範とされた東京蚕業試験場の蚕室を参考に、明治34年(1901)から同38年にかけて建築したものである。 ここでは蚕種の製造販売を行なうかたわら、多くの養蚕技術者を養成した。
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