一里塚は慶長9年(1604)江戸幕府が街道整備のため、江戸日本橋を起点に東海道・東山道・北陸道の両側に一里毎に築かせ全国に普及させた。井出一里塚はこれにならい、平藩主鳥居忠政(1603~1622)が浜街道整備とともに築いたものと言われている。富岡町・大熊町にも一里塚が残されており、江戸時代の街道の道すじを知る上でも貴重な史跡である。 所有者 新妻長男 楢葉町教育委員会 平成17年6月設置
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