
武蔵野神社の起源は、野中新田開発のときにさかのぽる。上谷保村(現国立市)の円成院住職大堅と矢沢藤八らは、新田開発に当たり全開墾地を12等分し、その1つを社地と寺地にすることに決めた。そして、新田開発の基礎ができた享保9年(1724)9月3日、上谷保村から毘沙門天を村の鎮守として野中新田に遷宮したのである。 以来、円成院(花小金井1丁目、享保12年(1727)上谷保村より引寺)が管理していたが、明治維新の際に分離独立し、末社として祭ってあった猿田彦大神を村鎖守に祭祀して、社号を「武蔵野神社」とした。 昭和37年9月から11月にわたり、社殿の屋根葺き替えその他の大改修が行われている。 小平市教育委員会 小平郷土研究会