この遺跡は、古代山陽道に面した官衙(古代の国の役所)跡を中心とする、奈良時代(8世紀)の遺跡です。中央部を東の飯坂峠から、西の舶坂峠に向けて、幅約10mの直線道路が通り、それにそって門・塀で囲まれた役所跡や堀建て柱の建物群などが、調査によって確認されました。この建物群は、古代の山陽道の重要地点に設けられ、朝廷の関係や、外国の使節に供じるための施設(馬家)と見られ、この落地遺跡は 「野磨駅家」跡 と考えられます。 平成3年12月 上郡町教育委員会
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