正保2年(1645)矢島藩生駒家と本荘藩六郷家の国境として木戸が設置された同じ頃、矢島藩の年貢米を保管する米と番所が置かれ、御蔵屋敷と呼ぱれた。当時は本隆寺裏まですぐ海であり、米はここから「ハシケ」という小舟で大間湊に停泊する大船に積み出されていたものである。
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