宿場 47次 全長 470km 宿場の間隔 平均 10km 歩き終えています
徳川家康が江戸を中心とする五街道を整備したはるか以前に、大和朝廷は全国の行政区分を中央の五畿(大和、山城、河内、和泉、摂津)と地方の七道にわけ、中央と地方との間を駅路とよばれる幹線道路で結んでいた。地方拠点を直線的に最短距離で結び、約16kmごとに駅家を置いた、古代版高速道路である。駅路は大路・中路・小路に区分され、中央と大宰府を結ぶ最重要路線だった山陽道と西海道の一部が大路とされた。畿内と東国を結ぶ東山道(中部、東北)・東海道(東海、関東)は中路、それ以外の山陰道、北陸道、西海道(九州)、南海道(四国、紀伊)の4道が小路とされた。
筆者の紀行文の書き出しより つづきを読む
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