ここは寺内町の交通の要衝なので、為政者からの通達を人々に周知する高札が建てられる場所でした。また、火の見櫓も立っていて、火事の際に半鐘を打ち鳴らしました。いまも天保8年(1837)に作られた石の道標が立っていて、昔の名残をとどめています。
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