一六橋のいわれ この橋は、見沼用水の分流、通称一六用水に架かっており、そこから一六橋と名付けられた。「一六」といぅ名称は、南北朝時代~戦国時代(14世紀~16世紀)に、この辺りで一と六の付く日に、「市」が聞かれたことによると伝えられている。江戸時代にはすでに一六橋の名が見えており、明治初年に書き上げられた『武蔵国郡村誌』には、長さ5尺(約151.5m)、巾5尺の石造りと記されている。平成24年3月吉日 一六会
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