長慶天皇の腰掛石と手撫での松 天授年中(1375~1381)のころ、長慶天皇が津軽の浪岡にいた北畠顕家の弟の顕能を頼って下向した際光林寺に立ち寄られたという伝承があります。この時、天皇は石に腰を掛け、前にある垂松に手を触れられました。そして垂松の美しさに心を打たれ、一首の和歌を詠まれたといいます。(天皇が詠んだ和歌は、九戸政実の争乱の際に光林寺が火災にあい、焼失しました)。以下略 平成16年3月1日 石鳥谷町教育委員会 光林寺
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