(前略)この一里塚は、起点である江戸日本橋から37里目にあたる。この地は、岩淵村と中之郷村の村境で、付近には岩淵名産「栗ノ粉餅」を売る茶店が立並んでいた。また、東側の塚の榎は虫害のため昭和42年枯れ死してしまった。そこで昭和45年3月、二代目を植えたものである。 昭和61年12月5日 富士川町教育委員会
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