温海山や吹浦かけてゆふ涼 元禄2年(1689)芭蕉が奥の細道の途次、酒田の伊東不玉宅で詠まれた句である。なお芭蕉自筆「奥の細道」によると、「温海山」は「あつみ山」である。この碑は天明8年(1788)、酒田の俳人柳下寸昌が、須磨明石の俳人武然の書で立てたと伝えられる。 平成19年4月 補記
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