野ざらし紀行 3区間のうち3番目

野ざらし紀行(3)

奈良-鳴滝-伏見-大津-水口-熱田-甲斐-江戸深川

二月堂

二月堂

資料16

奈良に出る道のほど

春なれや名もなき山の薄霞

二月堂に籠りて

水とりや氷の僧の沓の音

貞享2年1月 奈良への途次

春なれや 名もなき山の 薄霞

2月奈良東大寺二月堂のお水取りを拝す。

水取りや 氷の僧の 沓の音

鳴滝

資料17

京にのぼりて、三井秋風が鳴瀧の山家をとふ。

梅林

梅白し昨日ふや靏を盗れし

樫の木の花にかまはぬ姿かな

2月下旬京都へ。鳴滝の三井松風山壮に遊ぶ。

伏見

資料18

伏見西岸寺任口上人に逢て

わがきぬにふしみの桃の雫せよ

3月上旬伏見西岸の任口上人を訪ねる。

大津

資料19

大津に出る道、山路をこへて

山路来て何やらゆかしすみれ草

湖水の眺望

辛崎の松は花より朧にて

3月中旬大津へ。初めての大津で数日間滞在。水口から名古屋、熱田へ。

山路来て 何やらゆかし すみれ草

辛崎の 松は花より 朧にて

水口

資料20

水口にて、二十年を經て故人に逢ふ

命二つの中に生きたる櫻哉

熱田

資料21

伊豆の國蛭が小嶋の桑門、これも去年の秋より行脚してけるに我が名を聞て草の枕の道づれにもと、尾張の國まで跡をしたひ来りければ、

いざともに穂麦喰はん草枕

此僧予に告げていはく、圓覺寺の大顛和尚今年睦月の初、迁化し玉ふよし。まことや夢の心地せらるゝに、先道より其角が許へ申遣しける

梅こひて卯花拝むなみだ哉

杜国におくる

白げしにはねもぐ蝶の形見哉

二たび桐葉子がもとに有て、今や東に下らんとするに

牡丹蘂深く分出る蜂の名残哉

4月10日鳴尾を立って関東へ下る。

高くそびえる松の木の根元に芭蕉連句碑がある。

かきつばた 我に発句の おもひあり 芭蕉

麦穂なみよる 潤ひの里 知足

在原寺(ざいげんじ) 八橋町 知立市 愛知県
在原寺(ざいげんじ) 八橋町 知立市 愛知県寛平年間(889~897)に業平塚が築かれた折、その塚を守る人の御堂として創建されたと伝えられています。一時途絶えたこともあるいましたが、文化6年(1809)に方巌和尚が再建しました。

芭蕉が貞享元年(1684)に『野ざらし紀行』を終え翌年4月上旬木曽路を経て帰庵の途、鳴海の俳人下郷知足の家に泊り句会を開いた時の作といわれる。

甲斐の山中

資料22

甲斐の山中に立よりて

行駒の麦に慰むやどり哉

卯月の末、庵に旅の疲れをはらすほどに、

夏衣いまだ虱を取り尽さず

旅の助けとなってくれている馬を休ませてあげよう。馬が、麦の穂をいただいてくつろいでいる姿を見ていると、わたしまで、疲れが癒されるようであるよ。

四月の末、芭蕉庵に帰って、旅の疲れを晴らすうちに、

4月下旬 江戸の庵に帰着。

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