芭蕉が自宅の釣月庵(ちょうげつあん)に引きこもって書き上げた処女作「貝おほひ」を産土神上野天満宮に奉納し江戸に旅立ったのは寛文12年(1672)春、芭蕉29歳のことであった。芭蕉は小田原町(現室町一丁目)の小沢太郎兵衛(大舟町名主、芭蕉門人、俳号ト尺)の家に身を寄せた。小田原町は本船町、安針町と共に日本橋魚河岸市場を形成し、魚問屋が軒を連ねる繁華の地に住みついた芭蕉は日本橋商人と交友を広めていった。その中で後ほど芭蕉庵を提供する小田原町魚問屋杉山杉風とも懇意になる。延宝2年(1674)春に伊賀上野へ初の帰郷、つづいて延宝4年(1676)6月20日には二度目の帰郷をしている。
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