美濃路

宿場 7次 全長 58km 宿場の間隔 平均 7km 歩き終えています

この街道について

美濃路は江戸時代、東海道宮の宿から名古屋・清須・稲葉・萩原・起・墨俣・大垣を経て中山道垂井の宿に至る街道で、東海道から分かれて美濃へ向かう街道のため美濃路と呼ばれた。平安時代、都から東国への道は、東山道と東海道があり、この二道を美濃~尾張で繋ぐ道が美濃路の原型となった。鎌倉時代には、京と鎌倉を結ぶ京鎌倉往還(鎌倉街道ともいう)が最も重要な街道となった。江戸時代の美濃路は織田信長・信雄の頃から整備されたもので、関ケ原の戦いの後、京・大坂と江戸を結ぶ重要な官道として、五街道と同じく道中奉行の支配下に置かれた。

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垂井2区間・紀行文 2