西近江路

宿場 11次 全長 97km 宿場の間隔 平均 9km 歩き終えています

この街道について

司馬遼太郎が『街道をゆく』シリーズの最初に選んだ道が「湖西のみち」だった。みずから「この国が好きである」という近江の、琵琶湖西岸を旅したのは昭和45年(1970)、粉雪舞う12月のことである。大津から湖岸沿いに安曇川町まで北上し、そこから西に移動して朽木の興聖寺を訪ねた。「日本紀行」的に言えば西近江路を安曇川町までたどり、そこから鯖街道(彼のいう朽木街道)へ移ったことになる。湖西は近江の中でも鄙びた地域である。彼が北小松でみた「軒は低く、紅殻格子が古び、厠のとびらまで紅殻が塗られて」いる民家が40年近く経った今もまだどこかに残っているような気がしてならない。

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大津敦賀 海津~敦賀3区間・紀行文 3