自分史最終章: 2011年
1/04
今年は二人だけの静かな正月だった。おせち料理も作らず徹底した省エネ正月。旅の準備や整理もなく、庭いじりもしなければ、全くやることがない。テレビをずいぶんみることになった。総てが再放送だが、数回のシリーズものを一挙に見られるのがよい。45日間奈良時代一周は秀逸だった。奈良をゆっくり旅するのが楽しみだ。奈良に通じる道がいくつもある。当然ながら江戸道や京道よりも古い。行基、鑑真と栄え、道鏡あたりから乱れてついに都を京に遷す。天皇と仏教の時代だった。日本国家の故郷である。
1/08
遂に妻がPCを買った。iPadとどちらにしようかと迷っていたが私は強力にPCを薦めた。妻はインターネットとword、画像処理ソフトがあれば十分。4Gram、500GHD、無線LAN、word、excel付きのDellで、photoshop elements8を買って締めて8万円。筆まめのおまけつき。時々使わせてもらおうと思う。
1/31館山に雪が積もった。ここに移って以来初めてだ。カメラを取り出して近所を散歩、久しぶりの雪景色は清々しい。すぐにも溶けそうな弱々しい雪だった。今、藤棚を作っている。支柱と上部木枠を裁断し塗装を仕上げたところだ。藤とバラを絡ませる。
草加との往復の合間に近場を歩くことにした。布佐から松戸まで、利根川と江戸川を結ぶ鮮魚(なま)街道である。銚子から関宿経由の船運よりもはるかに早く鮮魚を江戸に届けられた。
2/18
藤棚を完成させて引き続きウッドデッキの延長に着手した。妻が来ている。三食付き合宿みたいものだ。庭をながめながら、浴室の窓辺に目隠しになるような木が一本欲しいね、とつぶやいた。行きつけの造園で目隠し、日陰、常緑の条件を伝えると、若い世代で人気があるという「シマトネリコ」を薦められた。初めて聞く名である。遠くからは目隠しになって、こちらからは適当に透けてみえる、ちょうど格子窓のような木だという。風呂の窓をあけてもドーンと大きな木で視界を遮られるのは重苦しいだろうと、さすがはプロの見識である。ついでに「ミツマタ」を買った。ソメイヨシノも欲しくなったが辛抱した。まだ、買いたい木は色々とある。
3/02
鮮魚街道が仕上がった。 デッキの追加部分にバリアフリーのスロープを付けている。幅90cm。 角度10度は介護者に押してもらって登る標準角度。自力登坂は5度が適当だが敷地の余裕がない。電動車椅子なら大丈夫ではないかと思う。自分のためか妻のためか、いずれでもなくて無用の長物となればそれが一番いい。
3/12
昨日11日午後2時46分頃、東北三陸沖でM8.8というの日本観測史上最大の地震が発生した。館山でも震度5弱の揺れで、1mあまりの津波もあった模様。我が家は海岸から1kmの近くだが小高い山地で、津波の心配はなかった。庭でレンガ積みをしていたとき、突然自覚をともなわない体の揺れを感じた。立ちくらみでもなく、幻覚でもなく、脳梗塞とか脳卒中はこんな感じかなと思っている間に、地震であることがわかった。長いゆれだった。その後今(12日6時過ぎ)までに宮城、岩手のほか、福島、新潟、茨城、長野、千葉県など各地でM6規模の地震が続いている。日本中一種異常な緊張感に包まれている。これを機会に足を引っ張ることしか考えていない野党がすこしは本来の政治使命を自覚することになればいいが。
3/21
地震情報番組から伝わってくる地名の多くが旅の記憶をよみがえらせ悲痛な思いにさせる。水戸から岩沼までの岩城相馬街道、岩沼から仙台までの奥州街道、仙台から塩釜、松島を経て石巻まで。みんな美しい海岸となつかしい町並みだった。もうそれらの宿場町と古い街道はかえってこない。岡倉天心の六角堂も流されたという。松川浦、荒浜、貞山堀など寄っておいてよかった。これらの写真は大事に残しておこうと思う。
4/01
ウッドデッキから腰掛収納箱、レンガ積み、ビオトープ模様替え等一連の庭仕事が一段落したところで、旅モードに切り替える。本当は東北に向う計画だったが、しばらく中断。西にむかって田原街道を仕上げて美濃路を歩いてこようと思っている。
NHKBS放送が衣替えした。3chは多過ぎてNHK自体がもてあまし気味だった。2chで十分だ。
4/19
地震、津波被災地の復興が始まりつつある中で福島原発の事故処理が遅々として進んでいない。メディアも逐一の報道を止めた。原発は油田とともに、人類が創り出したバベルの塔だと書いた(2010.7.12)。ロシアンルーレットの引き金を日本が引いてしまった。石原知事が言ったパチンコ、自動販売機に止まらず、人類はより豊かになりたい、なるべきというテーゼを考え直す時にきている。節電は結構、ただし高速道路のトンネル照明が減光されているのには参った。あれは贅沢ではなかろう。暗くて危なっかしい。
庭の芝桜が満開。藤が三分咲き。ポピーがチラホラ。芝が緑がかって庭全体が息吹を取り戻し日毎に華やかさを増している。早々とキュウリ、トマト、ナス、小スイカ、メロン、シシトウの苗を植え、エダマメ、の種を蒔いた。インターネットでマクワ金太郎を取り寄せ中。庭いじりが楽しくて、田原街道、日光東往還、美濃路の整理が後回しになっている。GWまでには仕上げようと思っている。
65歳の誕生日前に市役所から介護保険手帳が届いた。介護適格者になった。安心と寂しさの入り混じった心境。介護保険を有効活用しようか、保険料を無駄払いと割り切ろうか、ウッドデッキにとりつけた車椅子用スロープと同類だ。
バリ島旅行の準備をしている。13年ぶりの海外渡航である。息子の結婚式だからイヤダとはいえない。飛行機搭乗もロシアンルーレットにいどむ気分である。好きになれない。
4/24
当サイトのプロバイダーinfoseekが来年5月21日付けでホームページサービスを停止すると言ってきた。サイト容量300mb、年6千円を3契約して維持してきた。他にgeocitiesを使っている。1年かけてそちらに集約しなければならない。冬場の仕事だがこの際今までの写真集、旅行記を整理整頓しようと思っている。リンク集を更新した。10件ほど、サイトが見つからないのがあった。中にはプロバイダー側の事情でなくなったのもあるのだろう。geocitiesは容量1gbで太腹である。ここが閉めれば私もそれまで。
5/11
10日間のGWを妻と過ごした。毎日庭いじり。ああでもない、こうでもないと埒の明かないガーデンデザイニングだ。東海道のどこかの宿場で買っておいた千成ヒョウタンとインターネットで買ったマクワの種をまいた。ヒョウタンは藤棚にからませる。妻がやってみたいといっていた燻製セットをかってさっそく庭の焼却場で実験。チップより焚き火の煙がつよくて何の臭いだか・・・ソーセージとサンマと竹輪とチーズでとにかく満腹。 すき焼きパーティーを2回、カレー、クラムチャウダー、ピザ、お好み焼き、パスタ、善哉餅、等々。夢のようなGWだった。
5/30
4月の旅の整理がやっと終わった。早く来た梅雨のおかげだ。しばらく旅は休止する。旅と庭の二兎を追うことが次第に重荷になってきた。趣味・余暇がストレスになっては本末転倒というべきだろう。山深い峠を独りで歩くのが怖くなってきたこともある。
5年目になってやっとブドウが小さな実をつけた。日々房らしくなっていく。おなじく5年目にして梨がサクランボの子供くらいの実を3個つけている。赤星病にめげず頑張っているのだ。スーパーで買った葱の根を植えて3年目になる。再生するのみならず、1本ひきぬいたらスイセンのように球根が増えていた。今後永遠に葱を買わずに済むのかな。エダマメ、シシトウ、ピーマン、トマト、キュウリ、スイカ、メロン、マクワと今年は菜園が忙しい。
6/16
遂に地デジを入れた。新しい薄型テレビも買って、2台。 地デジとBSで国内ニュースと巨人戦が充実した。 日曜日のNHK囲碁の時間も楽しみだ。 夜がすこし遅くなった。
暇に任せてHPをinfoseekからgeocitiesに移し変えつつある。20世紀、ガーデニング、外国風景写真と世界紀行を終えた。写真のサイズ、フォントを統一し、不要なものを削り、リンクを総点検した。すこしスッキリしたようだ。残るは日本紀行と写真だ。道順関係の写真を大幅にカットしていこうと思う。
枇杷が実っている。50個はあるだろう。幾つか試食したが、甘くない。種ばかりがやたらと大きくて果肉は貧弱だ。甘くなる方法はないものか。要研究!
7/04
息子の結婚式にバリへ行ってきた。初めてのアジア紀行である。赤道よりやや南。四季はないものの日本風にいえば冬の乾期。気温は28度ほどで安定。日本よりも涼しいくらいだった。西洋にないエキゾチシズムが一杯。男女ともに小柄で日本の中学生ほどで、態度もかよわく内気気味にみえた。両手を合わせて挨拶する。風景は石造りの建物を除けば日本のどこかで見たような気分になる。道がせまく、うんざりするほどバイクが多かった。とてもレンタカーで走る気にはなれない。
結婚式の挨拶が私の最後の仕事。もう人前で話すことはなかろう。親の勤めもこれが最後。妻にも「親を卒業したら」と言っているが母親はそうはいかないらしい。 ご苦労なことだ。
7/07
最近の菅首相の顔つきが物に憑かれたように見える。洗脳を受けた確信犯のようでもある。
確信犯はなにも彼だけではない。吊り眉毛にそり上げた石原自民幹事長も「反対、拒否」の紋切型しか口にしない。
不毛な政治だ。
7/18
日本の女性をこれほど頼もしく思ったことはない。 なでしこジャパンワールドカップ優勝おめでとう。 澤キャップテンの2点目ゴールは神業だ。
8/01
今年の巨人の貧打ぶりは目を覆うばかりだ。まともなのは長野だけである。それでも一日の締めくくりとして巨人戦をみる。被虐的な気分でみている。海江田大臣もそういう気分だろう。
8/07
また前立腺炎をやってしまった。頻尿+排尿痛+微熱+頭痛=前立腺炎という2年前の方程式がぴったり。原因はどうも酒らしい。妻にいうと、「もう晩酌もやめなさい」と。「それは自分できめる」と電話を切ったが、あとで、菅直人と同じ言い草だと気付いて気味悪くなった。
巨人が息を吹き返してきた。いつもならビールとツマミでだらしなく見るのだが、今はひたすら行儀よく見ている。
サイト移転のため、写真集、旅行記を順次見直している。まだ来年のことなのだが、始めると止められない。
8/21
infoseekに残っていた奥州街道、奥の細道をgeocitiesにうつして一段落がついた。あとは中身を総点検していく作業を残すのみ。
夏が終わろうとしている。小スイカと金太郎マクワはそれなりに小さな実をつけたが、タヌキかハクビシンかに数個やられた。トマトとナス、エダマメの出来ももう一つだった。結論は、「買ったほうが早い」。もう菜園には力を入れない。ヒョウタンは元気に藤棚を飾っている。これは食べられないから安心だ。
8/29
民主党代表選挙中継をじっくりと見た。反小沢派が勝ってまずは一安心。菅さんがうれしそうだった。
2週間過ごした妻が帰ってさびしくなった。到着するや体調をくずしてせっかくの夏休みをほぼ静養にあてた形だ。 二人とも着実に老いを感じつつある。彼女も草加からこちらに住所移転することを納得した。ここで静かに余生を過ごしたい。
9/07
写真集と旅行記の総点検を終え、infoseekから全面撤退した。リンクの不備が随分とあった。治したつもりだがまだ多く残っているだろう。冬にもう一度整備しよう。フォントをはじめ体裁をできるだけ揃えたのでいくらか見やすくなったのではないかと思っている。
三方よし関係をはずした他、道順・地図関係を大幅に縮小した。写真のサイズも統一した。
残暑の過ぎるのをまってすこし庭の手入れにもどる。今年の初収穫はブドウ、デラウエア。巨峰はまだ色が変わってこない。梨を3個収穫した。甘くて美味しかった。赤星病と闘いながら続けていこう。
10/13
長い暑い夏がおわり台風が庭を荒らして、秋だというのに色彩の乏しい庭になった。葉や花を食い尽くしたオンブバッタがまだ飛び回っている。親子だと思っていたが、大きいのがメスで背中に乗っかっている小さいのはオスだ。仲がいいというか、なさけない男というか。虫としては可愛いがこれがひどい害虫なのだ。専用の殺虫剤がなく、お手上げ状態。去年からひどくなった。
世界中の政治と経済が低迷している。期待しなくなったからイライラすることもなくなった。巨人みたいなものだ。
12/03
今年の街道歩きは美濃路一箇所だけに終わった。一年も早く日本縦断を、という目標を断念した。意気込まないでゆっくり行こうと思う。 ソニー ジュークボックスにオペラを除くすべてのクラシックCDを録音した。作曲者数にしておよそ300人ほど。お気に入りリスト作成メニューで「クラシック珠玉の小品300」の目次に沿って編集、30曲が見当たらず9割の充足率となった。時間にして26時間。本の解説を読みながらじっくり観賞していこう。
12/24
歴史に残る激動の一年が終わりつつある。よい出来事がなかった。財政赤字という目にみえないバベルの塔がついに崩れ始めた。最も高く築き上げた日本は、国債の保有者の9割が日本投資家だという耐震構造のために崩れる怖れはないという。国民は政府のサービスを要求するが負担を拒否する。政治家は保身のために負担要求を先送りするばかりだ。オリンパスを筆頭とする私企業経営者がサラリーマン根性の集大成なら、霞ヶ関は公務員根性の、永田町は政治家根性の集大成である。 国民根性も逃れられない。それらの底流を流れる共通項はただ一つ、「自己保身」本能である。
白熱教室のテーマとして一つ提起してみたい。
「誰もがいやがるある負担を集団として必要であることがその集団構成員の総意として認められている。さて、その負担をだれが引き受けるべきか」。
軍隊基地、ゴミ処理場、原発、二酸化炭素削減国、トイレ掃除・・・・・・・。金銭補償で志願者を募れなければ策はただ一つ。構成員全員でくじを引くことである。普天間基地の県外移設は北海道から鹿児島までの都道府県知事全員によるくじで決めるしかない。ババをひいた知事はその都道府県内の市町村間で再びくじを引かせる。鳩山は解決策を用意していて県外移設を言い出したのか。それとも「友愛」で解決できるとでも夢見ていたか。
問題を先送りしていつか万歳するなら誰でもできる。オリンパスや大王製紙、ギリシャ、イタリアと変わらない。
来年も同じことが繰りかえされる予感がする。