自分史2006年

約 8,300字 読了 21分

自分史最終章: 2006年

5/23

ひさしぶりにさわやかな五月晴れの日曜日、東海道を歩き出した。 7つだちとはいかないが、7時半に三越前から南に向かう。 京橋、新橋、浜町、芝、大門、高輪そして品川宿。 鈴ヶ森刑場跡で引き返した。 写真250枚。 8時間歩いて減量わずかに1kg。 白鵬の優勝を祝ってビールをグーっと飲んだらたちまちもとの木阿弥。 次回は大森海岸から、川崎ー神奈川までいきたい。

5/26

死んだようにして月曜日がはじまり、ようやく金曜日になって生きた心地になる。 1週間がながくてやりきれない。

5/28

週末になれば天気がくずれるという悪い癖は去年の10月にはじまったと記憶している。

今月も日照時間がすくなくて、「農作物の生育には注意してください」と、NHKが忠告していた。

オテントさまの機嫌がわるいのを、どう注意せよというのか。天照大神をひきだす裸踊りでもやるか。

5/31

今村昌平監督が亡くなった。にっぽん昆虫記(1963)、赤い殺意(1964)、「エロ事師たち」より 人類学入門(1966)神々の深き欲望(1968) は私の高校ー大学時代の作品だ。全部みた。興奮した。芸術作品という大義があったからうしろめたさを感じずにみられた。結局は三文エロ映画よりもエロティックだった。

6/10

いよいよWC。ここにくるまでのプロセスがなが過ぎる。一種目のスポーツに世界中が熱をあげるという、めずらしいイベントだ。北も南も、西も東も参加できるという意味で、オリンピック競技より普遍的なのだろう。メディアが騒ぐほど熱くなってこないのはヘソまがりかな。

最近の巨人、入院患者チームみたい。

やっと名前をおぼえた。「だいたひかる」 NHKに出ていた。素顔の女子高生よりずっとキレイになっていた。

「私だけ?」をまねてみよう。

6/17

見たくないもの: 私だけ?

打たれて代えられたピッチャーの大写し。エラーした選手のクローズアップ。サンマの大げさ笑い。男の薄毛9-1分け。脂肪太り女優の社交ダンス。単に、細木数子。「ファイナルアンサー」の沈黙待ち時間。「と、その時」のあとのCM。開廷前の法廷記念撮影。役人の書類受け渡し一時停止ポーズ。車内でのコーモリ傘ズボン吊。ホームでのゴルフ素振り。

6/25

3月からはじめたビデオのDVD化が順調に進んでいる。なかばハマッていて、他のことがはかどっていない。東海道の初日は近々完成の予定だが、一宿に一ヶ月かかっているようでは話にならない。ビデオの映画はおよそ1000本。そのうちベータとパルの録画分およそ100本は捨てた。DVDが出来上がったものが340本。ようやく1/3をすぎたところ。今年一杯かかりそうだ。作業の中で一番楽しいのができあがったDVDにプリンターでポスターの画像付ラベル印刷する作業。 用済みのVHSカセットは毎週ゴミ出しして、手作りのビデオ専用棚がガラスキになってきた。

メダカの飼育本とビオトープガーデン作りの本を買ってきた。来年のプロジェクトのための心の準備をしている。

6/17

不振の巨人にあって堂々と4番打者を勤めているのは韓国選手の李 承ヨプ(イ・スンヨプ)(李は「リ」じゃないんだね)。 温厚そうでゆったりしているところなんか、「大陸的」「二枚腰」の林海峯ににているし、腰の大きなところはやはり温厚な魁皇を思わせる。スンちゃんはまだ30歳。ふけて見えるのもまた頼もしい。 だらしない巨人選手のなかで一人頑張っている。優勝させてMVPにしてやりたい。ところでお嫁さんがこれまた美人。

7/1

孫のお宮参りに参加した。大宮氷川神社;武蔵野国一宮だ。茅の輪をくぐって厄をはらってきた。巨人が10連敗からぬけだせたのは、この霊験だろうと思っている。

7/8

プライヴェートな場所(秘め事):①寝室 ②浴室 ③便所 共通点:裸/エログロ・ 人には見せない場所。そこを覗くのはタブー。旅路の温泉だって同じ。 そこへ日本のテレビはよくいきたがる。レポーターと称して男が入る。女優が入る。仲間で入る。夫婦で入る。タオルで隠しながら入る。湯をとおして脚が見える。男の場合、ときどきヤバイ。

テレビの旅番組では、ほとんどに温泉がくっついている。温泉ならば、誰かつからないわけにはいかないと思っている。

房総のどこかで、「歩き方のドクター」夫妻がなかよく貸切風呂につかっていた。 「いい湯だこと」 アホラシ!

7/30

VHSの映画をDVD化すると同時に、ビデオカメラで撮った家族の記録もDVDにした。ところで、それ以前の家族の動画記録は8mm映画で、400ftリールが18本残っている。それをどうするかが宿題だった。調べた結果、レトロ店で8mm映写機(昨年、錆付いていたので捨てた)を買って、スクリーンに投影し、それをビデオカメラで撮って、そのメディアをPCに取り込んでDVDに落とすことにした。2週間、それにかかりっきり。今日ようやく完成して小僧寿しとビールで乾杯したところだ。

記録は76年から84年まで。その間、セントルイス留学、長女誕生、マイホーム、ニューヨーク駐在、長男誕生と、変化に富んだ期間だった。旅行記的には8週間ヨーロッパ一周、ニューオリンズ、ルート66、ニューイングランド、ヴァージニア、アパラチア、ディズニーワールド、バハマと、アメリカの東・中西部を旅した時期だ。娘に見せたら、娘の2,3ヶ月の時の顔が、孫(娘の長男)にそっくりなのでキャッキャ喜んでいた。DVDベースで歴史を引き継ごうと思っている。

8/1

今日の李 承ヨプ、神がかって見えた。400号に、サヨナラのおまけ付。年間56本のアジア記録も、韓国でのことだからと冷めて受けとめていたが、この調子だと日本で最多本塁打の記録を更新するかもしれない。いや、ぜひ塗り替えて欲しい。あと23本だ。

急に明日から夏休みをとることにした。妻は娘夫婦の引越し準備で孫をあずかっているため私一人で4日ほど出て行く予定。水戸から勿来の関にむかって岩城相馬街道を行ける所まで。しばらくDVD作りのことは忘れることにする。

8/6

2日は行徳散歩、3日から5日まで2泊3日で、水戸から勿来の関まで行ってきた。途中、高萩はスキップしたかたち。後日埋め合わせる。日立まで、6号線はとりとめもなく、ファーストフッドレストランや、大規模ストア、そして国道筋につきもののカーディーラーの万国旗ばかり;その他は工場団地。海岸近くの古道で慰められた。小津浜からは文字通り「浜街道」で海水浴場の連続。浜と漁港の写真が多い。勿来の関では道なき古道跡にも踏み入れ、まずまずの街道歩き満足度。今日からしばらく写真の整理休暇。

8/11

娘家族がアメリカへ飛び立った。2年間夫の留学に同伴する。彼女にとっては14年間すごした国だから、日本よりも居心地がよいのではないか。会社は産休扱いで、帰国後復職できるのはありがたい。3ヶ月の孫も一人前にパスポートとチケットを携えてチェックインした。ロンドンの飛行機爆破テロ計画発覚が伝わった翌朝で、気持ち悪かったがしかたない。成田はキャンセルも遅延もなかったようだ。来年の夏休みには帰ってくる。孫にはそれまでに、「ジイジ」でなく「グランパ」の言葉をおぼえさせるようにいっておいた。

8/19

行徳から船橋まで歩き。写真の撮り忘れと成田街道行徳ルートの補充、そして釜屋情報収集のため。暑かった。

「釜屋」とは鋳物屋。都営新宿線「住吉」と「西大島」の間に「釜屋堀通り」がある。江戸時代、小名木川沿いに釜屋が集まっていた。近江国栗東郡辻村(現栗東市辻)が釜屋のルーツ。埼玉川口がキューポラの町になる前はここが鋳物工場の本場だった。そのうち一人は鋳物問屋をやめて同じく近江特産の「伊吹もぐさ」の商いをはじめた。その店は現在も茅場橋北詰で「釜屋もぐさ」として健在だ。そんなことの調査で、旅行記が手間取っている。

8/24

子どもだったら明日は地蔵盆だ。炎天下、ちいさなお地蔵さんの祠の前で遊んだあと、日がしずんだころに近所をまわってお供え物を集めてまわる。スイカを出す家は分限者。2時間あまり御詠歌につきあう。そのあとは筵の上で夜を明かしたのかな。翌日のスイカ割りがフィナーレだったような気がする。最後の楽しみ。そのあと子供心にも秋風の気配でオセンチになった。夏の終わりはいつも寂しい。

9/02

減量だの筋トレだのと理由をつけて電車では立つように努めていたが、昨年頃から隙あれば座るようにねらっている。朝夕の通勤電車で、ささやかなカケをするようになった。なるべく早く途中で降りそうな人の前に立つ。勝率は今のところ五分五分。ねらいは①性別②年齢③服装④座席の位置⑤容姿⑥持ち物⑦姿勢・雰囲気 それらを総合的に瞬時に直感する。

例えば買い物籠をさげた普段着のオバサン。一駅、二駅目でおりる。出入り口に近い席に座っている女性も歓迎。夏場は服装がアテにならない。ドアに一番近い席でも、アングリ口をあけてねている男は避けるのだが、ときどき急に目覚めて駅名を確認することがあるから人はワカラナイ。そんな小市民的なたのしみも今月末で止めることにした。

9/10

「自由を我らに」 1931年のフランス古典名画の邦題名である。チャップリンの「モダンタイムズ」(1936年)のモデルになった名作だ。およそ10年前、先輩から届いた退職通知の冒頭の句であった。ともに洋画ファンで、大手町のカサビヤンカでビールをのみながらよく映画談義をやった。あらゆるしがらみから開放された晴れ晴れとした気分がつたわってきてうらやましく思ったものだ。「オレはまだ10年ある」。それが、秒読みとなった。あと2週間。

9/18

品川から東戸塚まで、二日がかりで東海道第2弾を敢行。歩くたびにどこかが痛くなる。足でも膝でもなくて、ただ肩が詰まる日があれば、足の裏が痛くなって引き返すこともある。今回は5時間ほどたったころから右尻がつるように痛んだ。腰ー尻ー膝がセットになった坐骨神経痛だ。医者に相談しても真剣に聞いてくれない。確かに、死ぬ病ではない。騎手が馬を鞭打つ要領で、右こぶしで自分の右尻をたたきながら歩くのがコツだ。

宿場はともかく、500mほどの楽しい商店街がふたつあった。最初は生麦魚河岸通り。道の両側に数十軒の魚問屋がならぶ。朝の8時ごろで、ちょうど小売の魚屋が買い付けているところだった。旅館や料亭の料理人もいただろう。

二つ目は保土ヶ谷宿手前の松原商店街。12時から6時まで歩行者天国。曜日がかいてないから毎日だろうか。上野アメ横よりも活気がある。野菜・果物屋、衣料・雑貨店が多かった。客は観光やヒヤカシでなく、買う気で来ているオバサンたちだから、値段と質の真剣勝負だ。

ともに東海道旧道の宿場はずれのオススメスポット。

9/20

4chで高校生恋愛バラエティ「ラブカツ」という番組を見た。鳥取県の男子と神奈川県の女子の仲良し仲間5人ずつ。5人の男子が4人の女子に告白し、4人の女子全員が告白を受け入れた。つまり、報われなかった男子が一人、告白されなかった女子が一人。それが誰か、番組を通じて仲間・教師・家族・近所のひとが知ることになる。男はいいだろう。それがオスの求愛闘争というものだから。だけど、一人の寂しい女の子のことが気になってしょうがない。傷ついていないわけがない。それを除けば思春期時代を思い出させるいい番組だった。まだ、健康的な高校恋愛はある。

9/30

昨夜は妻と「カニ道楽」で食事をして「ヨドバシカメラ」でウェブカメラを買って、古本屋で「太陽コレクション地図」を仕入れて帰ってきた。今朝、いつもの通り5時に目が覚めてパソコンの前にいる。

退職翌朝の行動パターンに、奇妙な共通性がある。とりあえず近所を散歩する。数十年のシガラミを吹きとばすように、大きく腕をまわして深呼吸をする。それからだ。そのまま家に帰るのでは「もう帰ってきたの」と言われそうだから、散歩を続けるのだが、たいして歩くところがない。そこで、向うのが最寄の図書館なのだそうだ。新聞がいくつも読めて、タダでいくらでも時間をすごせる。この機会に、読みたいと思っていた本を読もう、などと瀟洒な考えをおこすらしい。だがその新しい習慣は、決して身につかない。

さて、自分も散歩に行こうと思うのだが、腹が飢餓収縮をおこしてきた。まずは茶漬けかチキンラーメンでも食おう。

10/02

日経新聞を読んでいるキャリア志向ウーマンが日経を取っていない男を蔑視するCMがある。毎朝2時間近くかけて日経を隅々までよんでいたが、他にすることがないから読んでいたのであって、仕事をやめた今、政治と経済と金融は宗教と同じほどに無縁の世界となった。新聞はなければ読みたいとも思わないものだ。朝一番でインターネットをチェックしたらディープインパクト3着のニュースばかりだった。平日の休みだが、会社から緊急連絡の可能性がないことがすばらしい。メル友から「よいサンデー毎日を」とメッセージが届いた。

10/07

ようやく秋晴れがもどってきた。4,5日出かけてこようと思う。前回の岩城相馬街道で抜けていた大沼と高萩を埋めて、福島県の浜通り南半分を旅する計画だ。日立といわきの東横インに予約を入れた。いわきは開店早々で先週まで「ゴメンネ!サンキュー!」で、二人 5,400円で泊まれたのだが、雨でかなわなかった。法律違反を解消して心をいれかえたようだ。時間の制約を受けない旅だから、体力と安全第一の方針で行く。時節柄、飲んだら乗らない。乗ったら飲まない。

10/13

秋晴れ+夏陽気=運動会日和 そんな1週間を大和田から勿来まで補習し、関田から植田、渡部、湯本、いわき、四ツ倉、久ノ浜、広野、木戸まで、新規の旅をした。空と海の青、稲穂の黄金色が主役で、阿武隈山系の豊かな緑は脇役に徹していたみたい。日立駅前、東横インの隣の広場で全国郷土芸能祭りが開かれていた。島根から石見神楽「大蛇」、秋田からは羽後高校生による西馬音内盆踊、京都からは和太鼓グループ「バチホリック」。実演の迫力を楽しんだ。浜街道だから海岸めぐりも忘れない。おいしい道草が多くて、距離が伸びなかった。いつものことだけど。

10/20

『落ちた偶像』: ディープインパクト 落ちない偶像: 金正日

11/02

ようやく退職後最初の旅の整理が終わって一息ついた。今月はどこにするか、まだ決めていない。妻には観光ムードで奥の細道の松島にいくと言っているが、一方で岩城相馬街道を仕上げたい気持ちもつよい。さらには、今月高校同級会で御嶽山にいくことになっているので、それを利用して青梅街道を行こうかなとも思っている。それにつけても、山道を歩くのが怖くなってきた。熊が多すぎる。死んだ振りをする勇気もないし、走って逃げる体力もない。痴漢や誘拐予防の大音響をだすベルでももっていようかと思うが、効果のほどをだれかに保証してもらいたい。

11/16

去年に続き、今年も紅葉が遅れている。どこにしようか考えつつ、足は皇居から半蔵門で西に向かい新宿から甲州街道へはいってしまった。気まぐれもいいところ。と、きまれば行くしかない。4回の日帰りをくりかえして、県境の小仏(こぼとけ)峠を越えていった。最終日は八王子から高尾をへて峠をこして相模湖まで。高尾のイチョウ並木はすばらしい。足元が人糞くさい。源は踏みつぶされた銀杏だった。イチョウは7分、モミジは五分といったところ。峠をおりたところで「熊に注意」とあった。登り口で言ってくれないと。

11/17

振り込め詐欺初体験!!

2,3日前「携帯の番号が変わったから」と息子から電話があった。ボーダフォンにしたという。ここでおかしいと思ったことが2点。いまどき会社がかわっても番号をかえなくてよいときに、なぜわざわざ変えるのか。3人ドコモで家族契約をしているのに、他社の機械がつかえるのか。しつこいくらい聞いたのだが相手は何とかかんとか理由をつけた。

そして今日。会社の仲間で株をやって百万以上損をした。先輩に借金をかえさないといけないといってきた。

「日経平均が16000以上だのにそんなに損する訳がないだろう。なんの株に手をだしたのだ。どこの証券会社でやってるんだ。信用取引か。社員同士の金の貸借は社規違反だろうが。入社半年くらいで株をやるとは、ナマイキだぞ・・・」などと怒鳴り散らした。

相手は「ごめん。もうやめる。聞かれるとまずいからトイレから」などといってくわしいことは一切言わない。

「とにかくいつもの口座に振り込んでおくから、そこから返せ」というと「急いでいるから直接相手に振り込んで欲しい」といいながら、「又電話する」といって切れた。

妻とさんざん息子をなじりあった。もう勘当だ! 他方で、どうしてもおかしい。 「彼女に電話して、番号がかわったか聞いてみよう」。 果たせるかな、昔の番号で昨夜も話したとのこと。昔の番号で無事真の息子と連絡がついた。

新しい番号の方には「警察だが詐欺未遂で逮捕する」とメッセージをのこしておいた。

11/23

5回目の甲州街道歩き。電車で相模湖駅まで直行。八王子の車窓から富士山が大きく見えた。小原本陣からスタート。与瀬-吉野-関野。これで相模、神奈川県の北部を横断したことになる。次の宿場、上野原は甲斐、山梨県だ。浜街道とは対照的で、きもちよい山道の連続だった。紅葉がちょうど見ごろ。宿場の写真よりも風景写真が多くなった。今月はあと1日。上野原のつづきか、文化財公開中の足利にでもいきたいな。

ホリエモン、よほど検察がスカンとみえる。好きなこといっていいが、裁判官の心証を悪くしないように。

11/24

アメリカでは感謝祭がおわるとクリスマスシーズンがはじまる。感謝祭パレードの主人公はサンタクローズだ。日本でも勤労感謝の日がおわるとクリスマスツリーを飾り付けるところが増えてきた。忘れていた師走の季節感が催促されるように湧いてくる。一日一日と冷たく感じる大気とともに、なんとなく気ぜわしい緊張感もいいものだ。無給の毎日が通勤していたときよりもよほど忙しいのはどういうことだろう。

森山良子にも「株で損した」と息子の直太郎から振り込み依頼があったとか。声が違っていたから詐欺だとわかったという。師走はせちがらい季節でもある。みんな、気をつけて。

12/02

2日かけて木下街道を歩いてきた。八幡から木下河岸まで。ついでに鹿島紀行の準備を兼ねて布佐までいってきた。白井を過ぎ、神々廻(ししば)あたりからおもしろくなる。千葉ニュータウンをはじめて見たが、ロスアンジェルスみたかった。牧場のあとだというから広々しているのもうなづける。途中、美しい農家をいくつも見た。一番美しかった集落は泉。

明日は日光街道をしあげるために、宇都宮から今市まで歩いてくる。一里塚と杉並木の写真が中心になりそう。

12/10

宇都宮から今市まで。日光から川室経由大渡、船生まで。矢板からバスで船生にもどり、そこから玉入ー矢板ー大田原まで。つまり、日光街道の最終章と、日光北街道と、奥の細道の欠落部分を埋めてきた。3日間の栃木県通い。完全徒歩で、体重を2kg落としたのだけれど・・・。 これでとりあえず今年は歩き納め。 木下街道をふくめ、4つを仕上げて年を越す予定。1月2月は下準備と、今までの整備にあてよう。 あと2週間でクリスマス。特になにがあるわけでもない。

最近、外出しないときはひげをそらない。防寒になっているようで、アゴの辺があたたかい。

12/26

今年のクリスマスは1泊2日で草むしりと土いじり。館山休暇村で温泉につかり、海ボタルの発光ショーを見学した。体長2,3mmのゴマ粒のようなミジンコ類。刺激を与えると身を守るために体内から出す液が海中の酵素と結合してあやしい薄青い光を発する。解説のオネエサンは3回みせたあと、海ボタルに体力回復のため、カマボコを与えた。1日10回も発光させると全員過労死してしまうという。海ボタルにとっては命を懸けての一晩3回のおつとめ。

草むしりと土いじりは隠れ家が形になってきたのをうけて、周囲の手入れをはじめたもの。予算の関係で外構・造園工事は自前。引っ越してからはじめてもよいのだけれど、待てない。

今年はいろいろあった。母の死去、娘の出産、息子の就職、自分の退職。4世代にわたる交代劇を一挙にやってしまった。

来年の目標: 奥州街道と岩城相馬街道の完結。奥の細道の出羽越え。 花壇と畑の土作り。

健康でよいお年を!!!

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