自分史2011年

約 3,700字 読了 9分

自分史最終章: 2012年

1/12

年頭にあたって感じることがない。ラジオ体操をはじめた。PCに取り入れた第1と第2の指導入り伴奏を聞きながら約7分。最初重かった体が終り頃には幾分軽く感じられ、体がほぐれるのは確かだ。 健康法というより、暇つぶし。

今年はすこし街道を歩こうと思う。

2/29

来月中旬に母の法事で滋賀に帰る。寒くなければ伊勢街道を歩いてこようかと考えている。四日市の先で東海道と分かれ、伊勢神宮までの約70kmの道である。途中、松阪という魅力的な町を通る。

三日坊主と思っていたラジオ体操が意外にも続いている。朝飯、朝のニュースの後に組み込まれた。もう暇つぶしでなくて健康法。

がれき処理がもたついている。昨年最後に提起した問題には「迷惑施設」という特別用語があるらしい。

3/30

大人の休日割引を初めて使った。3回は2割引、それ以降3割引き。新幹線でのぞみは使えずひかりでのんびりと米原まで。伊吹山はまっ白。米原の空気は冷たかった。母の7回忌。母に感謝するのに66年かかった。子供に感謝せよと期待しても無理な話。

天候不順で街道歩きはやめてトンボ帰り。

水仙がまだ咲いている。食べ残しを植えておいた小松菜の根が大きな葉をつけ、花まで咲いた。形も臭いも菜の花そっくり。

芝桜が五分咲き。5年越、仙台シダレ桜がようやくつぼみを幾つかつけた。初開花までもうすこし。 いよいよ春だ。

民主党も国民新党もおかしな政党だ。さらにおかしな新党が生まれるという。

4/27

桜の花見をかねて伊勢街道を歩いてきた。1年ぶりの街道歩きだ。ウォーキングシューズを新調し、豆防止用にシリコン製の内反少趾対策パッドをみつけてきた。 これが大成功。6日間快適な旅だった。三重県は古い。70kmの参宮街道は昔からお伊勢参り観光対策が充実していて、道標や常夜燈の多いこと。古い家並みも当たり前のように残っていて、東海道のように観光客を意識していないのが好ましい。おかげで写真枚数がかさばった。

GWは妻と過ごす。花一杯の庭でバーベキューをしよう。

5/27

多忙な5月になった。5月3日義母が100歳。品川のホテルで誕生会。主催は子でなくて孫。注目の的は孫でなくてひ孫。私は飲んで食べるだけ。義母は今でもNHKに短歌を投稿する元気さだ。ひ孫に「勉強第一」といつまでたっても教育ババさん。

GWは大人の休日割引なし。GW明け早々に伊勢街道の脇道を歩いてきた。二見道、伊賀超え奈良街道、伊賀街道、伊勢別街道だ。 奈良まで通じる大和街道は今後。ついに芭蕉の生家を訪ねてきた。三重県を満喫。次のターゲットは奈良県。

二見道を書き上げた。合間に芝刈り。楽しませてくれた芝桜も、刈り込むほうがよいと。蒸すと枯れるそうだ。ウッドデッキの年一回の塗り替え。来月早々には義父の墓参りで滋賀に帰る。梅雨時で、トンボ帰りしてくる。

FBなるものをはじめた。掲示板、ブログと付き合ったが、私のIT活動はそこで止まっていた。FB、もう一つ使い方をこなせていない。もっぱらお友達と子供の動静をうかがうのみ。リンクを広げようと思えば恐ろしいほど広がる危険なシステムだ。今のところお友達は家族親戚が5割、大学同級生が4割という偏り方。自分の人脈の狭さを認識した。もっともそれを志向しているのではあるが。

6/26

西近江路の2番がしあがり、大津から福井県の県境まで完成。そこから敦賀までは1日の行程だ。できれば敦賀から丹後街道で小浜に移動して、そこから鯖街道を京都までいこうかと計画している。

政治番組に興味はないが、今日だけは衆議院本会議中継を見よう。 小沢は日本政治の癌だ。

7/12

伊勢地方の一連の旅を仕上げて一段落。歩いてみればそれぞれに違った味があって楽しい。伊勢地方はどこも古い家並みが残っているのが目立った。伊賀街道の終点、伊賀上野は伊勢よりも京や近江の文化に近い。街道の途中に古代の琵琶湖があった地域を通った。大山田という。琵琶湖はそこから甲賀、蒲生へと北上して現在の位置にたどりついたのだという。伊賀と甲賀は兄弟みたいなものだ。今回の旅で最大の発見だった。

「三党合意で国民の選択の余地をなくしてしまった」 これは新党立ち上げの挨拶で小沢が言ったことばである。彼は多数決の結果に挑戦しようとしている。数多の選択肢から一つを決定し、他を排除する民主的手段が多数決である。小沢はその民主主義の原則を無視するやくざ的思考である。鳩山はあいも変わらず日和見主義で、目つきがうつろである。二人ともどうしようもない。

7/29

猛暑が続く中ロンドンオリンピックが始まった。テレビ観戦は絶好の避暑だ。それにしても開会式はイギリスのよい面を遺憾なく発揮したすばらしいものだった。頑固そうなおばあちゃん面の女王が可愛いかった。随所にみられるウィットも成熟した文化を物語る。「炎のランナー」でも聞こう。

8/03

連日連夜テレビ観戦でやや寝不足気味。柔道が中心だ。これからは陸上とサッカー。体操、競泳、卓球、バドミントン、テニス、アーチェリーも楽しませてくれた。 よくも人類はこれだけ多種な競技を考えついたものだ。多くは遊びから発展したものだろうが、ビーチバレーまで国を代表して競うものかと思ったりもする。 応援者への感謝は少々食傷気味だ。プロ野球選手の「これからも応援よろしくお願いします」よりはずっとましだが。

東京オリンピックの時、横で正座して観戦を楽しんでいた父が表彰式のたびに涙と嗚咽を漏らしていたことを思い出す。今の私と同じ年だった。3年後父は亡くなった。

8/13

17日間に及んだロンドンオリンピックが終わった。金メダルこそすくなかったがメダル総数では史上最高の成績だった。事業仕分けを思い出した。「2番ではダメなんですか?」 また、「銀は金よりも良い」「銅は金と同じ」と誰かが言ったのも名言だ。

沢山の感動をもらった。父の3分の1くらいの涙を流したか。昔の父がいとおしい。

10/01

茎や幹の柔らかい花木;皇帝ダリア、朝鮮朝顔、柳、ユーカリ、ポプラ。 台風の度に一騒動。柳、ポプラは低く芯を止めて今回は何とか持ちこたえた。性質が悪いのは皇帝ダリア。強風の都度上が折れて、いまだに蕾をみたことがない。やめようかな。

梅雨と長い暑い夏を無為にすごして遂に10月になってしまった。旅の準備は十分に整った。 山形県をたっぷり味わってこようと思う。 山寺、最上川下り、出羽三山参詣がハイライト。それを経て奥の細道はようやく日本海に出る。

10/24

1週間初秋の山形県を旅してきた。山形県は4つの地域からなる。南から置賜(おきたま)、村山、最上そして西に向かって庄内地方である。その4地方をぬって最上川が県内を貫流する。それに羽州街道、奥の細道がよりそって出羽三山に至る。今回は山寺から天童、尾花沢、大石田、舟形、新庄、最上川下り、羽黒手前の手向まで。鶴岡で食べた芋煮汁が大変うまかった。上品なだし汁に沁みた米沢牛と里芋が心身を温める。置賜、最上、庄内という言葉の響きもよい。 月山はもう雪だという。登山は来年にもち越し。

12/03

ようやく10月の旅の整理が終わった。今回の収穫は舟形街道山寺街道、そして羽州街道の1/9、奥の細道の1/12。来年の出羽三山から日本海に出る旅が楽しみだ。

さて、今回の選挙は面白そうだ。同郷のよしみで嘉田知事を、といきたいが、小沢が黒子じゃだめだ。橋本も石原が逆効果。安倍は出戻り。野田さんが一番ましか。

12/11

最近著名人の訃報が相次いでいる。森光子に始まって中村勘三郎、小沢昭一。80歳をこえていれば驚かない。勘三郎は衝撃的だった。

7月に息子がニューヨークに旅立った。2年の研修派遣だが、そのあと現地勤務になれば長引く可能性はある。

あと10日ほどで今度は娘がニューヨークに行く。夫の転勤に伴うもので、2年くらいの予定。

国内は妻と二人きりとなる。妻は孫の世話から解放されて晴れて自由の身となる。どんな生活をするのか見ものだ。

12/18

ドタバタ選挙が終わった。民主の崩壊と多党乱立が票をばらけ自民の相対的独走となってしまった。事前の90%という投票動向調査とは裏腹に開けてみると最近最低の投票率。野田さんの不幸は終始半身に構えた輿石を幹事長に据えたこと。

嘉田知事は小沢におどらされたピエロ。石原はながくもたない。

12/29

2012年も終わりに近づいた。1年は振りかえってみれば短いが、365日はいろいろな事が起こるに十分長い時間であることを思い知らされる。そして、良いことよりも悪いことが圧倒的に多い。私に良いことは必要でなく、悪いことのないことが唯一の願いである。 「No news is good news」 「無事」である1年を祈る。

12/30

一つ書き忘れていた。巨人がリーグ優勝のみならず日本一になったこと。今までならあくる日には祝優勝メッセージを書き込むところだが、どうしたものか今年は触れずじまいだった。世事に対する感性が鈍ってきたか。感性は興味に比例する。

2011年へ 2013年へ