自分史最終章: 2008年
1/10
晴れのマークと三月なみの気温という週間予報に浮かれ出て、三島から静岡の手前まで東海道を歩いてきた。 これといった難所もなくあこがれの富士山が常に付き合ってくれる快適な旅だった。 静岡県の海岸線はとても長い。あと二回でかけなくてはならないだろう。富士の姿は三島と沼津の間が一番美しいという。宝永山が富士山の稜線を侵さない角度にあるからだ。4日間で8宿場だから1日2宿というスローペース。それでも毎日8時間以上歩いている。寄り道と迷い道と道草が原因。そうそう、それに老化もある。
1/18
冬らしい寒さで館山に初雪がふっている。しばらくここで腰をおちつける予定。転送年賀状がポストにいっぱいあった。
植木の支柱にたてた竹竿の先に野鳥が止まりに来る。超望遠レンズ で撮ってみようか。ビオトープも穴を掘ったまま。一人で庭を眺めているとあれこれアイデアがわいてくるが、すぐなにをしようというのでない。我に返って写真集と旅行記の宿題にもどる。二兎をおうのはけっこうストレスフルだ。
1/21
「庭の記録」に果樹、庭木をリストアップした。まだこれからふえるだろうし、失敗して消えていくものもあるだろう。管理記録を兼ねていて、自我流から、すこしまともな勉強をしてガーデニングといえるようなものにしていきたい。成長を画像に残す意味で、館山ライフの歴史でもある。旅をやめた暁には庭いじりが専業となり、仲間としてそのころ子供の柴犬を飼おうと思っている。愛犬を看取ることにはならないだろうから。
1/25
昨年の12月だったか、テレビで『おひとりさまの老後』という本を取り上げていた。 それ以降すでに人気があったその本はさらに売り上げをのばしたそうで、私が大型店で求めたときは売り切れ状態だった。たまたま駅のちいさな書店にあったのを買ってきた。まだ読んでいない。まずは妻から読むのが順序だろうと、渡してある。 著者は上野千鶴子という独身女性である。 結婚していてもいずれ死別すればみんなひとりものじゃないの、という観点が気に入った。だから女性だけの本でない。 男も共通の話題である。 私の館山ライフも一人暮らしのトレーニングといえなくもない。
2/02
暦的には春が来た。だが政治も経済も株も食べ物まで、さえない春だ。私は一種の無気力状態にある。東海道-3の旅行記が一向に進まない。庭は白々として、毎朝霜柱だけが気を吐いている。早寝がエスカレートして、8時寝3時起きになってしまった。老人にとって懐古と妄想は麻薬のように心地良いものだということがわかってきた。おひとりさまは痴呆を早めやしないか・・・・・
2/08
どうやら鬱から躁にもどったようだ。来週妻が遊びに来る影響もある。これからカインズにいってブロック、レンガ、砂利を仕入れて、水溜めの穴を完成させる。 昼は庭、朝晩はパソコンと、このパターンを変えてはいけない。二月は旅にでられそうもない。三月は法事で滋賀に帰る。1週間ほど関西にいて街道を2つ3つ、ノルマをかせいでこよう。
2/10
アメリカでは節分がおわるとアカデミー賞の季節になる。こちらもまけてはいない。BS放送では歴代受賞作品が放映されていて、映画ファンにはうれしい毎日だ。ここでも懐かしい名画を紹介しよう。急に音楽が出てくるから不要な向きは音量をミュートに。
2/19
隣のご主人がなくなって半年。奥さんが月に1回の別荘メンテに来ていた。どう声をかけていいものか分からず、この数日内にこもりきり。おかげで旅行記が完成した。今日帰られた。どんな思いでここの数日を過ごしたのか。将来の妻の姿にダブって胸が痛い。「おひとりさまの老後」を読んでいる。死別からの回復は男より女のほうが早いという。江藤淳じゃないが、男はダメになることさえあるらしい。隣の奥さんを哀れむのはこっちの勝手な思い込みか。そうであればと願っている。
2/26
e-taxで確定申告を済ませた。数年まえにも試みたが準備がじゃまくさくってやめた。大分便利になったがそれでも市役所へいって電子証明書をもらい、家電店でICカードリーダライタというのを買い、いくつかのソフトをダウンロードして登録等準備をすませるには退職後くらいの精神的余裕が必要。キャンペンガールが「10分ほどでできました」というのはすべてお膳立てしてもらった後の入力時間だけで、あれはイカサマ宣伝だ。とにかく1日半で終わった。
久しぶりに庭に専念。待望の水溜めができた。はじめはブルーシートでやって失敗。インターネットで厚手の遮水シートを購入。水はたまったが、シートから土が滑り落ちて気に入らない。三度目はシートの上に古毛布を敷き、その上に赤玉土とさび砂利を乗せてなんとか完成。最後は流木と貝殻でお化粧。水を張って翌朝、さっそく小鳥が水を飲みにやってきた。やがて虫たちもやってくるだろう。ビオトープ:私の庭の中の小宇宙。
3/09
ようやく春らしい気候になってきた。京都で1週間過ごそうと思う。青春の地といえば大げさだが、「神田川」なみの新所帯の場所も含め妻と思い出の場所を歩こうといっている。南禅寺から銀閣寺まで、哲学なんか上の空で、デートにいそしんだ。そのあと、伏見を中心とした街道を4つ歩くつもりだ。 準備をしていくにつれ、自分がどれほど京都を見ていなかったかがわかってくる。近江もそうだし、東京もそうだった。大阪も奈良もそうだろう。日本全国が自分にとって未知の地だ。遅まきながら、できるところからたずねていこうと思っている。
3/18
三条から蹴上、南禅寺から哲学の道を銀閣寺までゆっくりと二人旅。あとはいつものように単独強行軍。今回の旅の主役は秀吉、川、京阪電車そして戊辰戦争。秀吉は淀川・桂川左岸、宇治川右岸に堤を築き、大坂京橋から伏見経由で京に至る道を開いた。伏見-京都間の伏見街道をふくめて京街道という。家康の時代になって、伏見-大津間の大津街道を整備し、大津-大坂高麗橋まで、4つの宿場を置いて東海道57次を制定した。53次東海道からわかれる山科追分から高麗橋までも京街道とよばれる。伏見-京都の間に日本初の路面電車が走った竹田街道。57次東海道の淀宿と京都羅城門を結ぶ鳥羽街道は、幕府軍が大坂に向けて潰走した道である。それらの道を歩いてきた。
琵琶湖の水は瀬田川から宇治川-桂川-淀川と名を変えて大阪湾に注ぐ。蹴上、寝屋川、樟葉は新婚時代の住まい地。京阪本線の終点淀屋橋は初赴任地。平安時代から昭和50年に至る歴史の旅であった。
3/26
写真の整理が終わり今「哲学の道」を書いている。たまたま昨夜NHKで、爆笑問題が京大に乗り込んで総長以下教授、学生を巻き込んで「独創力」をテーマに激論を戦わせていた。その中に「哲学の道」の主役、西田幾多郎と『善の研究』も飛び出して一役買った。番組自体は大方、太田が自分で知っていることをばら撒いた言葉の遊びに近かったが、袋小路や迂回道、迷路をたどりながらもなんとか、メインテーマに戻れたのはよかった。 会場に女性の姿が多かったのが印象的だった。
4/07
ほぼ1ヶ月ぶりで館山にこもっている。いない間にアンズと梅の花が終わっていた。アーモンドと桜と桃の花が咲いている。ビオトープに念願のメダカを10匹放した。翌日探してもみあたらず、鳥にでも食われたかと、また数匹かってきて入れたら、前の10匹がぞろぞろと出てきて仲間を歓迎してくれた。まだ水温が低くて、土の中に隠れていたらしい。一つの学習。
タニシが欲しいがペットショップには売っていなかった。田圃にはいくらでもいるらしいが・・・・。
ダイダイのマーマレード(皮は3回煮沸して苦味をとるのがポイント、爪が短くて一つ一つ袋をむくのがしんどかった。果実と砂糖の比率は10:6 )とポテイトウサラダ(ニンジン、タマネギ、キューリ、レタス、ハム入り。ポテイトウとニンジンはチンしてつぶす。他はナマ)をレパートリーに加えた。レシピは妻からの伝授。共に絶妙の仕上がり 。マーマレードは大部分妻が持って帰った。料理もたまにはおもしろい。ダイダイは4ℓ果実酒にもした。そろそろ皮をとりだすころ。
4/29
GWに同級会がある。小・中学時代のいちばん気が置けない仲間だ。近江の道を歩いてこよう。土地勘があるためにかえって準備がなおざりになった。
庭の水溜に水草、ハナショウブ、葦を植え込み、石・貝殻を追加してだいぶビオトープらしくなってきた。残るはシダレヤナギ。この苗木がどこにも売っていない。インターネットでみつけたから帰ってきてから注文しようと思う。2坪ほどの菜園にはトマト、ナス、キュウリ、スイートコーン、キャベツ、エダマメを2苗ずつ植えてきた。最近、タヌキとイタチが遊びに来た。野菜の将来が心配だ。
5/12
大津から琵琶湖西湖畔沿いに北上し敦賀に至る西近江路と、中山道武佐宿から八日市を経て鈴鹿山脈を八風峠でこえる八風街道を歩き始めた。西近江路は北小松、八風街道は永源寺まで、いずれも街道のはじめ1/4ほど。続きがいつになるのか、全く未定。
数日後、妻の絵画研修旅行に運転手としてつきあった。場所が三国街道宿場町塩沢だったから。新潟県初体験。偶然知ったことだが、来年のNHK大河ドラマが「天地人」。主人公直江兼続は南魚沼の出身。来年は三国街道ブームになるのでは。湯沢ではたっぷりと、雪国、駒子の旅情を味わった。旧三国峠は悪天候で次回に持ち越し。ここを歩かねば三国街道を歩いたことにならない。行ったところが好きになる。困ったものだ。
5/23
ようやく3月の旅の整理が終わった。まだ5月分が残っている。準備-実行-整理のサイクルをくずさずにいくには月一回は無理のようだ。メダカを飼ってから更に難しくなった。腹をひっくり返して遊ぶメダカをみていると気がなごむ。産卵の時期だがたくさん産んでくれるかな。
6/04
話し言葉から、「ちょっと」、「やっぱり」、「まあ」の三語がなくなれば、世の中はずいぶん引き締まるだろう。
6/09
飲み会はどうでもいい雑談からはじまるがいつの間にかなにかしらその日のメインテーマが定まってくる。上司・同僚・会社の悪口で憂さを払う必要もなくなった今、テーマは中立的だ。年金の話になり、女房の老後の生活費が主題となった。自分が死んだ時、どれだけ残しておかねばならないか。2~4千万の範囲内らしい。最善策は妻より長生きすること。自分の生活費は年金でまかなえるから。一種の発想の転換といえる。妻を看取ること。そのために何よりも自分の健康が大事、といいながら焼酎のお代わりを重ねていた。
6/20
梅雨の合間ガーデニング三昧だった。クロメダカ、ヒメダカについでアオメダカを買ってきた。メダカは自分が産んだ卵や稚魚を食ってしまう意外と獰猛な魚だ。全滅とあきらめていたら、体長1cmにもならない小さなメダカを1匹みつけた。大人メダカのいじめを受けつつもたくましく生き抜いている。小さくて今まできづかなかった。
庭に奇怪な植物をみつけた。朱色の茎に無気味に黒光る頭部を持つ。湿っているようで、外気に数時間もあたると精気を吸い取られたかのように干からびてしまうのだ。根元は繭みたいな白いマシュマロ繊維球。朱色の胴体はメッシュの女性ストッキングのようなまだら模様。頭にいた小動物はミツバチでなく、ハエ。ますます気味悪い。マシュマロを切開してみた。なかはフニャフニャで動物の卵をつぶしたよう。なんだろう、このグロテスクな生き物は。
6/28
あの気持ち悪い生き物にこだわっている。橙色のメッシュ茎は中が竹のように空洞だった。タンポポでもそうだから別におどろくことではない。問題は白い根というか球根というか卵(まさか動物ではないと思うが)みたいなヤツ。白い皮膜はうすく、破るとなかは透明なゼリー状のもの(ジュンサイのような)に包まれて種の芯みたいなものがあらわれた。これがまた気味悪い色と形をしている。濃い黄土色したカズノコ風なものが4個のセルにわかれて収まっている。虫の胎児のようでもある。隔壁はイカの骨のようにけっこう硬い。横にハサミで切ってみる。黄土色のサナギ物体の内側には更に肉色に近い繊維質があった。筋肉の断面図のようだ。それを縦に切った。新発見はなく、ただますます気持ち悪くなった。
7/15
旅のことをすっかり忘れて庭に没頭している。わが庭で撮った動物の写真を整理したら、醜い害虫集みたいになってしまった。かわいいメダカは水中にいてはっきりと撮れない。小さな夏、秋の虫たちがではじめた。バッタ、コオロギなど。アカトンボもきた。木がまだ小さいからセミや甲虫は無理だろうな。水辺の草を買い集めてだいぶ充実した。外来種のホテイアオイは大量処分。
例の正体がわかったと思う。腐った竹の古株から白い菌糸が生えていて、それがあつまりよじれて繭になったようだ。つまり竹の亡霊。キノコ類、いやタケノコ類か。
7/23
世の中によいニュースがない。毎日のようにおこる人災、天災の不幸な被害者家族にくらべ、本を出し、歌をつくってもらい、写真展をひらき、国際会議を主宰し、日本の外交政策に不満を述べ、飛行機に乗ってアメリカまで飛んでいく拉致被害者家族の光の当り方はどうだ。 拉致はそれほど特別でない。
ブッシュ大統領をはじめ、日本政府外交高官の同情的発言が外交辞令であることを今や知るべきである。高次元の判断が低次元の情に流されてはならない。メディアはなぜそれをはっきり言わないのか。政治家もメディアも世論も腫れ物に触るようではないか。
7/26
まったく暑い。芝刈りが気になっているが思い切れない。暑さがおさまる4時頃からは相撲がはじまり、6時にはそこから野球に流れて結局何もしないで一日が終わる。 夏休みの宿題のようにイヤイヤながらようやく三国街道の一部が出来上がった。あと半分しあげないと新しい旅には出られない。奥州街道を仙台からと思っているが丁度地震の活発な地域にあたり、どうしたものか。三国峠を歩いてしまいたい気もある。いずれにしても8月はオリンピック観戦に決め込んだ。
メダカはみな元気に過ごしている。蜘蛛やアブたちも元気だ。パンパスグラスに5本の穂が育っている。9月になれば筆のオバケがキラキラと太陽に輝くだろう。
7/31
アクセスカウンター代わりに利用していたハーボットが突然今日サービスを終了しますといってきた。需要がのびなかったのだろう、リストラされたとみえる。さて、別のカウンターをさがさねばならない。べつになくてもいいのだけれど・・・・。
明日から八月。高校野球とオリンピック。そしていつもの巨人戦。それに今BS2で黒澤明の没後10年特集をやっている。明後日は「生きる」だ。妻に先立たれた53歳の公務員が末期癌と知る。人はなんのために生きるか。必見。
♪いのち短し 恋せよ乙女 紅き唇 あせぬ間に 熱き血潮の 冷えぬ間に 明日の月日はないものを
いのち短し 恋せよ乙女 黒髪の色 あせぬ間に 心のほのお 消えぬ間に 今日はふたたび来ぬものを♪
8/08
「生きる」をみた。サラリーマンのつまらなさを思い出させた。映画の1/3は通夜での回想スタイル。本筋とは関係ないが、悲しみの席でなぜあんなに酒を飲む/飲ませるのか? 葬式のイザコザは往々にして酒好きの会葬者/親族が引き起こす。日本の醜い悪習である。
人はなんのために生きるか。 そんな大げさなものなどない。生をうけたものがそれぞれに後からかってに意味づけるだけである。ほとんどは考えることもなく生活するために生きている。他の動物とさほど変わりない。 人間はなにも特別でないのだ。 メダカの2年、犬の12年、人間の80年、亀の150年・・・。
8/09
北京オリンピック開会式。 アメリカは無論、イギリス・日本でさえ真似のできない歴史の重み。4大文明地で唯一の温帯地域にある中国だからできた演出であろう。活版印刷・火薬・ 羅針盤。なかでも火薬は素晴らしかった。隅田川花火大会の比ではない。
人力も圧倒的だった。組織力、動員力。十数億の民が集団で動くと思えば恐ろしい。 シラケの日本と、どちらが幸せか。
8/19
お盆が過ぎ高校野球も終わって夏が急に静かになった。友人、家族との3度のバーベキューをこなし私の夏も終わった。しばらくは残りのオリンピックで残暑をしのごう。閉会式ではひも吊り宇宙遊泳やCG花火、口パク美少女はご勘弁願いたい。
庭と旅の秋のシナリオはまだできていない。採取した種が封筒のなかで出番を待っている。9月から種を土と米ぬかにまぶして花咲爺さんをやる。どこに何が咲くかはわからない。電柱を隠すように植えた西洋朝顔が葉の数を増やしている。そろそろ花がみえてもよいころだ。パンパスグラスが9月をまたずに大きな穂をなびかせて、今やマイガーデンの主役に躍り出た。5本どころか10本もある。トマト、キュウリ、シシトウ、キャベツを引き抜いた。来年は1苗ずつにする。不効率なコーンと需要が伴わないナスはやらない。裏庭中央の菜園コーナーは東庭の片隅に移す。現在の菜園は裏庭のメインステージに当るところ。レンガ敷きにしてボタンなどの派手な花でも植えるか・・・
8/26
今週に入っての曇り空を利用して、挿し木しておいたラベンダー、バラ、ローズマリーなどを定植した。菜園を整理してメインステージ作りは秋の作業にする。夏のしめくくりに池を掃除した。虫取り網で藻をすくったら、メダカまでついてきた。クロメダカの稚魚がたくさんいる。今年育ったのは1匹でなかった。果樹園の初収穫は20個のアーモンド。梅の親分みたいな実を開くと、シワシワの核がある。歯が立たないから金槌で割ると茶色のアーモンドが出てくる。これを炒ってワインのつまみにしよう。次はイチジクだ。
一匹オオカミの夏アカネにかわって秋アカネが群れをなしてやってきた。編隊をくむわけでなく、てんでにランダム飛行をする。遠くからはやぶ蚊の群れにみえる。萩が咲き始めた。朝夕は虫の音でかまびすしい。マイガーデンに確実に秋がきた。
オリンピックがおわり、庭も一区切りがついたから、本来であればいさんで旅の準備にとりかかるのだが、今回はまだ三国街道の宿題が終わっていない。こういうときにはかえって他のことがしたくなる。学校や会社とちがって、宿題に締切りがないからなおさら気がゆるむ。館山用に買ったオーディオセットはソニーのHDDジュークボックス。まだHDDをつかっていなかった。マニュアルをとりだして、CDの録音からはじめる。この3日間で、フォーク全集、日本の美しい歌全集、抒情歌謡曲全集、映画音楽全集、昭和30年代ヒット全集、クラシック名曲集の通販セットものをHDDに入れた。もう1時間ごとにCDをいれかえなくても、一回の操作で一日中音楽が流れるようにできる。あとジャズとオールディーズを入れて一段落。演歌は買っていない。力む歌は好みでない。好きな音楽をBGMとしてこのページに載せていこう。
9/06
変な天気が続いていて旅行の計画がたたない。ジュークボックスに手持ちのクラッシック;ベートーベン、モーツアルト、ショパン、リストとジャズからマイルズ・デイヴィス、ジョン・コルトレイン、エルトン・ジョンのCDを全部入れた。とりあえずlここで区切りをつける。音楽喫茶みたい。今日はジャズ、明日はショパン・・・。
前庭にパンジーの種をまき、裏庭の菜園跡にレンガを敷き詰めた。ベンチを買うか作るか。芝刈りをすませて旅に出る。どこにするか、天気しだい。
息子が転勤で大阪から東京に帰ってくる。草加で大いに飲むつもり。次長から内示をもらったとか。変わった会社だ。
9/16
もう2ヶ月以上草加に戻っていない。週明けに草加から高崎にでて三国街道をはじめから歩こうと思っている。須川までいって前半を穴埋めできればいいが。
植えたおぼえのないカボチャが8月下旬から伸び始め、大きな実をつけている。スーパーで売っているのは青くてそれほど大きくないからもう採ってもいいのかな。それともハロウィーンのように色付くまで待つのかな。食べ方は甘く煮るか、薄く切って焼くか、味噌汁に入れるか。煮るときは高野豆腐をいれると甘い汁がしみておいしい。
最近インスタントカレーを卒業して、ルーを選んで1から作る。SBのディナーカレー辛口が一番辛い。それを朝・昼・晩と食べる。体の加齢臭がぬけてカレー臭になる。
9/21
あの絶望的だった巨人が首位に並んだ。リーグ優勝が視野に入ったが、応援に今までほどの力がはいらない。クライマックス・シリーズのせいで2位でもいいじゃないの、という気がないでもない。今年からルールをかえて、リーグ優勝チームには敬意を表して1勝をあげるという。クライマックス・シリーズの制度自体に後ろめたさを感じている証拠である。真にリーグ優勝というタイトルに敬意を表するなら、あっさりクライマックス・シリーズをやめればいいではないか。何度考えても女々しい代物だ。
9/30
旅行記がやっと終わり、今週後半にかけて高崎から歩いてくる。庭の管理を口実に4ヶ月も遊んでしまった。
アーモンド、イチジクに続いて栗の実が1個なっている。カボチャが2個、うっすら色づいてきた。別に食いたいとも思わないからハロウィーンまで置いておこう。
天気も株価も肌寒い。昨日は暖房初日。今年の冬は寒くなりそう。
10/10
4日間の秋晴れをねらって高崎から須川まで、三国街道の初め3分の1を埋めてきた。旅の前に奥多摩で熊が出た。帰ってくると、南魚沼で2人が熊に襲われている。コシヒカリの故郷南魚沼は三国街道が通る地域でもある。今回の旅では初めて熊除けベルを持って行き金比羅峠の旧道歩きで使った。リンリンと澄んだ音が軽やかに鳴って、少々気恥ずかしかった。
ここ数日の株価暴落はひどい。リスク管理とは平常の時のみ使われて危機には役に立たない飾り物である。
ノーベル賞と巨人の優勝はうれしいニュースである。小林夫人は感じのよい人だ。両氏夫妻とも授賞式までにダンスを練習しておかないと。
緒形拳の「帽子」を見て泣いた。田中裕子はみるたびに懐かしさを感じさせる女優だ。中学時代の初恋を思い出させた。
10/11
昨日の感傷をひきずっていたわけではない。偶然「囲碁の時間」の後、NHK合唱コンクール中学の部をみた。私が高校の音楽部で歌っていたときはいつも県で二番目だった。そんなことより、今年の中学の部の課題曲が「手紙」。アンジェラ・アキという名も初耳だった。また泣いた。
中学時代:思春期。毎日生命が完全燃焼していた3年間。 高校、大学と命の情熱は徐々に冷えていき、50歳代には冷え切ってしまった。退職して命の炎は復活したが中学時代にくらべれば燃焼エネルギーはその10分の1にも満たない。そのかわり3年といわず、細長く生きよう。 拝啓、15の君へ・・・・・負けそうで泣きそうな君がうらやましい。
10/20
さわやかな秋晴れが続くなか、太平洋の東西で野球が佳境に入っている。松坂がまけて岩村が勝った。岡田監督がまけて落合監督が勝った。中日はリーグ優勝していないのに日本一をかっさらった蛇のようにいやらしいチームである。巨人はまた負ける気がする。衛星放送は朝の9時から夜の9時まで、日米のプレイオフをすべて中継してすばらしい。3チャンネルもつNHKのおかげだ。ここ数日は仕事にならない。
イチジクを2つ食べた。卑猥な連想が成り立つ果実だ。待望の西洋朝顔が咲き始めた。季節はずれでもなんでもなく、西洋朝顔はもともと10月~11月に咲く花だった。ビオトープに蛙が棲みついた。ということは来年オタマジャクシか。赤メダカ、ヒメダカの姿がみえない。絶滅したようだ。ガーデンシクラメンを三色買ってきた。庭植えの宿根草だから手間がいらない。オンブバッタ、コウロギ、イナゴ、カマキリのポートレート撮影会を実施。近々写真を載せる。
10/25
巨人優勝おめでとう。
リーグ優勝者が日本一を争うリーグ代表になるのは考えなくとも当たり前のことである。あたかもその資格を疑うかのように、リーグ三位の者を相手に試させるとは失礼千万な話だ。自信をもって断言しよう。1,2年でクライマックス・シリーズという非論理的反美学的不条理なシステムはこの世から姿を消すであろう。欠陥を改善しようと手を加えれば加えるほど、みずから存在意義を否定する結果となるであろう。 後期高齢者医療制度のように。
11/05
アメリカ大統領にオバマ氏がなる。演説にしても討論会にしてもあの落ち着きはたいしたものだ。やたらと笑顔を振りまかないのも好感がもてる。無理に笑顔をつくると頬や目尻が硬直するものだ。独善、傲慢と、アメリカの悪い面は多々あるが、一つよいところは「ゲームの規則」が身についていることだろう。敗者は潔く敗北をみとめ勝者を祝福し、勝者は敗者の健闘を称え連帯を訴える。マケイン氏の敗北宣言は上品で高潔なものだったし、オバマ氏の勝利演説も感動的だった。ともに泣けてきた。
アジア人には少々この点が後進的だ。亀田一家、朝青龍、日本の政党、北朝鮮、クライマックスシリーズ・・・。
オバマ氏に祈ることはただ一つ。ケネディのようにならないように・・・
11/10
野球の季節がおわり、長いたいくつな冬がはじまる。
高速道路乗り放題1000円はいつから始まるのかな。はやくして欲しいな。
ああ、そうだった。西武ライオンズおめでとう! 巨人、打てなかったね。
11/11
天気がわるいとHPの仕事がはかどって助かる。10月の三国街道の整理が終わった。さて、何処へ行こうか。もちろん、旅は整理よりも準備のほうが数倍楽しい。前向きだから。準備は旧道の道筋を地図で追うことから始まる。いくつかの地図サイトを試みたが一長一短で、結局全部を使っている。
MapFan(有料):2地点の距離を測るのに便利。最小縮尺が大きくてダメ。
Google:道路番号、商業施設の表示が充実。航空写真が時には便利。距離測定ツールがあった。MapFanは不要か。
Infoseek:ポインター地点の住所が表示され、行政区画の確認に重宝。
goo:行政区画の色分けが分かりやすい。
電子国土:最近知ったばかり。オーソドックスな地図表示で地形情報が豊富。縮尺がこまかくてわかりよい。色んな機能がある。街道の道順を作図できればすばらしい。勉強してみよう。
11/27
延びてはくっつき網の目状にひろがっていく脳細胞のように、道も途中で左右斜めに分岐して国土を覆いつくす。今回、三国街道で予定にない宿場を通ったことから始まった。三国街道と交叉する野田宿は伊香保街道の宿場である。伊香保街道の起点は佐渡奉行街道の大久保宿の北はずれにある。佐渡奉行街道は三国街道の古道にあたり、中山道の本庄宿、のちに新町宿から分岐して渋川で三国街道と合流する。佐渡奉行街道の最初の宿場、玉村宿は中山道倉賀野宿から分岐した日光例幣使街道の最初の宿場でもある。今年の紅葉狩りは上州群馬県の伊香保街道と佐渡奉行街道となった。次の旅はどうやら日光例幣使街道になりそうだ。中山道も歩きなおさねばなるまい。
それにしても日の経つのが早い。死刑囚の気分になる。
12/22
今年の旅のしめくくりとして、日光例幣使街道を歩いてきた。5日がかりでおよそ100km。これまでになくよく歩いたほうだ。佐野と栃木の蔵の町をのぞくとあまり見るべきものはない。特筆すべきは至るところに飯盛り女がいたことだ。その多くが越後から売られてきたのだという。八木節は女郎が口ずさんでいた越後の民謡から来ている。歴史の街足利を例幣使街道は通らない。新田義貞を祖とする徳川家は宿敵足利の地を街道からはずした。
昨日、竜飛崎でのマグロ漁のドキュメンタリーをやっていた。地の果ての先の海にマグロが飛び跳ねている。来年はなにをさしおいても奥州街道を竜飛崎まで仕上げてしまおう。
12/28
日光例幣使街道の写真集が出来上がった。旅行記は正月休み中に書き上げよう。庭仕事はメインステージに枕木のテーブルを置いて今年をしめくくり。来年はウッドデッキと藤棚のエクステリア大工仕事が中心。100年に一度の大不況だというが、無職者にとっては全然ピンとこない。ガス代が下がり、値下げセールがあれば結構なこと。ウォーキングシューズのブランド品を買おうかと思っている。1万円以上の通勤靴を買ったことがないのに、遊び用の靴に2万円以上も遣うのはどうかと思うが。